推しに会いに行くという『幸福』

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推し活中の皆様方の気持ちが、「わかるよ~」っていう話

今どきの幸福ってたぶん、自分が何か成しえるということよりも、何かを成しえようとしている人を応援すること。前者になることを幼少期よりイメージして育ってきたのだけど、ある一定のところで後者だと気づく人(後者で十分だと納得する人)が大半だと考察。

やりたいことや夢や目標って、そうそう見つかる物でもなく、見つかったとてかなえられる人はごく少数。大半の人は志半ばで何等か理由を付けてあきらめていくもので、継続できる人はよほど体力のある人だろう。

容姿が好みとか、メッセージに共感するとか、理由はいろいろあるでしょうが、要は「プロセスエコノミー」的なことで、その人の普段の様子をSNSで追いかけられる今、そのストーリーをリアルタイムでキャッチして、なんならメッセージを送ることができる。

自分では決して叶えることができない大きな夢を一緒に追いかける体験は、まさにプライスレス!推しが「応援して」「助けて」って言えば、「任せろ!」ってなもんで、そこは際限なく応援したくなるものです。

『応援した』その事実が、自分自身の達成感や幸福感になる

「なんだか人の役に立てた気がする」は、正義。自分自身の存在価値をここに見出すことができる。仕事や家事は、誰かの役に立っているという自信がそれほど確実に持てないものです。むしろ失敗や堕落でどちらかといえば存在価値がないと思う場面が多い。

その点『推し活』は、勝手に応援して、勝手に存在価値が上がる容易なライフハック。なんなら本人から「ありがとう」と言われてしまうことだってあるんですから、そりゃ止められません。

応援することに生産性はない

応援したからといって、それが物質的な豊かさを保証してくれるわけではないけれど、精神的な豊かさは確実に手に入る。応援すればするほど、お金は減って、時間も減って、大袈裟かもしれませんがある意味命を削っている。それを引き換えに手に入る幸福は、もはや生きる意味。

あの人を、あのチームを、あのプロジェクトを応援出来て、私の人生は最高だった

万が一、自分自身が何かを達成したとて、多分それは永遠に終わることはなく、次はこれ、次はあれとなるものでしょう。永遠に納得なんてできないし、どんどんハードルが上がって、最終的には「私もここまでか」、となるのが落ち。

であれば、それはそれで頑張れば良いのだけど、応援するものがあるのは今の時代を健康的に生きるためにすごく大事だと悟った。

ある時は応援される立場にいて、しかし一方で応援する対象を持つべし。そう思うとCheerleaderって幸せなスポーツよね…。

ラーメン箕輪家

ちなみに今私が応援しているのは箕輪厚介さん周辺で行われている様々なプロジェクトです。特にラーメン箕輪家店長のまるちゃんを応援しています。

彼との出会いは箕輪さんの「ミノ村プロジェクト」。出会った当初、村長兼箕輪さんのカバン持ちをしていた彼は、いつもまっすぐで危なっかしくて熱い人。普通ならブレーキを踏むところを突進していく彼をそれ以降ずっと追いかけてました。

今年の夏にラーメン屋をオープンすることが決まっていて、それに向けてまたアクセルふかしまくってる彼の危なっかしいSNSから目が離せません。

ご存じの通り、借金ばかりしている私には推し活できる財力が限られています。自分がどうこうということよりも応援するための財源をどう確保するかに一番頭を悩ませている昨今。

次にイベントがあるときには、また会いに行きたいから頑張る!これぞ幸福な推し活。

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